ETERNAL-FLAME

~ 寝ても醒めても キャンドルのことばかり ~

同じ、といえば

 

夏の終わりから試作を続け、こちらは、すでに断念した作品の名残です(涙)

今の私の力量では、形にすることができないのが、かなり切なくもあり、

でもそれは、いつか形にしたい、という願いにも通じるので、

今はただ、ひとつひとつ作れるものから形にしていくしかない、ということで。

 

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このところ、信頼している大切なひとたちから、

同じ意味合いのアドバイスをもらいます、まるで判で押したように。

私の悩む事柄が、形は違っていても同じ種類なのかもしれませんが、

違うケースについて伝えているのに、揃って同じアドバイスを。

 

同じ、といえば、こんなことも。

新しく始めた挑戦のことを、こちらでも雰囲気だけ書いたのですが、

そのあれやこれやを、大切なひとたちに打ち明けると、

やはり、同じようなリアクションなのです、まるで判で押したように。

 

パァッと顔を輝かせ、笑顔で「良かったね!頑張ってね!」と。

きっと、まるで自分のことのように、踏み出す勇気を察してくれるのは、

ときに願い、ときに祈ってくれていたからなのでしょう、

これまでもずっと、私の知らないところで、私のために。

 

同じ、といえば、それは私も同じです。

大切なひとの気持ちを汲みたいと思うし、守りたいとも思います。

わざわざ相手に伝えなくても、その幸せを願い、祈っています。

そしてそれは、とても幸せなことです。

 

 

この一歩を踏み出せるまでの長い間に、悲しいことが続きました。

それはもう、たっぷりと。

悲しいことは、今でも続いています。

悲しい、と感じる私自身が変わらない限り、これからもずっと。

 

それでも、私のことを想ってくれるひとがひとりでもいるから、

私はいま、こうして生きていられるのです。

悲しみは悲しみのまま、けれど、その「ひとり」を見つけられるなら、

必要なことだったのかもしれないと、ただ漠然と今は感じています。 

 

 

どういうわけか、心が荒れていると制作することができません。

キャンドルはモノですけれど、たとえモノではあっても、

その性質上、あたたかな気持ちのそばにいるべきものなのでしょうね。

喜びや幸せのそばに、たとえ悲しみのなかにあっても願いや祈りのそばに。

 

そうそう、同じといえば、もうひとつ。

その大切なひとたちはみな同じように、私がキャンドルを制作することを喜び、

制作を続けることが、私にとって力になることを、

どういうわけだか、知っているようなのです(笑)